アドニスたちの庭にて
 “青葉祭” 〜鳴動 A
 

 

          




 学園名物の春のお祭り。高等部全校挙げての球技大会“青葉祭”は、単なる校内行事とは思えないほどの盛り上がりを見せつつ、順調に日程を消化中。バレーボールにバスケット、フットサルにドッヂボールという団体球技のクラス別対抗戦で、しかもしかもその対戦、同じ学年の間でだけに留まらない。一年から三年までの“学年別”という年の差の垣根も越えたトーナメントが組まれるがため、この場でだけは…お兄様への遠慮も弟たちへの気遣いも“御免”という扱いになる“無礼講Ver.”の行事であり、そのくせ最終日には“1−A、2−A、3−A”引っくるめて『Aチーム』という格好の、クラス別縦割り統合チームによる各種目の対抗戦がトリを飾るというから、上下の絆が最後になってググッと堅く結ばれるとは、なかなか粋な段取りでもあり。

  「俺と小早川さんの間には、そんなお膳立てなんてわざわざ要らねぇけどな♪」

 さっきまではいかにも不満げに、小さい駄々っ子のような態度で頬を膨らませていたくせに。すっかりとウキウキ、ご機嫌を立て直しているお友達へ、こちらは苦笑が絶えない黒髪の君。
“…ったく、人の気も知らないで。”
 愛しい先輩さんにどうしても逢いたいという彼のため、ここまで慎重に運んでいたとある人物への直接のコンタクトが、いよいよ実現となりそうな運びだってのに。まったくもって暢気なもんだと呆れてのことで、
“しかもこんなどさくさ紛れな格好で、とはな。”
 自分たちがそれをこそ目的としてこの学園へとやって来た、本来の主眼目。なのに、これじゃあ“コトのついで”っぽくて。
“…案外とその方が良いのかも知れないが。”
 まさかとは思うが、妙な警戒や意識をされては困るから。こういう“ついで”という形で切っ掛けを持った方が、今後を思えば穏便に済むのかもしれない、かも。スキップさえしかねないはしゃぎっぷりで歩む水町くんの後を、む〜ん…と沈思黙考に入りながら歩いていた筧くん。双方ともに2mはあろうかという飛び抜けた長身の彼らであり、相棒が不意に立ち止まったため、もさもさとまとまりの悪いまんまな健悟の金褐色の髪の中へと、鼻先を埋めかかってギョッとする。
「どした。」
「ん。あれ。」
 危うく後頭部でのヘッドバットを食いそうになったのに、そんな状況にも無頓着なまま、横手を向いて立ち止まった彼が指差したのは、こっちの校舎へと沿うように建つ、特別教室用の校舎の出入り口前。土台基礎をそのまま“犬走り”にしたらしい、セメントの打ちっ放しという、よくある格好の味気ないポーチが建物のぐるりに設けられてあるその傍ら、イヌツゲだろうか仕切り代わりの茂みの陰に。ポツンと転がっていたのが…水色のメガホン。柔らかめのプラスチック製の小ぶりなもので、各クラス毎に色の違う応援グッズとして配布されている品。たかだか校内行事だってのに、こんな形でそんな市販品をわざわざ買い揃える感覚は、
“さすがはブルジョワ学校だよなぁ。”
 これがアメリカの都市部のマンモス校だったりするのなら、大量に仕入れることで途轍もなく安価になるのでと、合理的精神から個人で準備するよりこういう手段を選ぶものだが。ここ程度の普通一般のガッコだったら、せいぜいボール紙での手製止まりな筈だろになと。そんなこんなを思う彼の傍らから、軽快な動作でたったかと離れた相棒は、
「…あ、これって小早川さんのだぞ?」
 大きな体をなめらかに縮めるとしゃがみ込み、真新しいメガホンを手に取って見せ。三角錐の細くくびれたところに結ばれてあった紐の先、手書きのメモがステプラーで簡単に留めてあるのへと気づいたらしい。
「セナくんへって書いてある。でも、変だな。小早川さんのクラスのチームカラーは真っ赤だったのにな。」
 そこまで知ってんのね。
(苦笑)
「新しいし“セナくんへ”って書き込みがあるのなら、きっと今日の試合の応援用にって生徒会の先輩さんが用意してくれたもんじゃないのかな?」
 確かさっきまで体育館で展開されていたバレーボールの準決勝。確か三年生の方のチームの応援カラーがこの色じゃあなかったかと、キチンと覚えていた筧くんがそうと応じ、そして、
「この道を体育館へ向かってたのは確かみたいだ。」
 帰り道とは考えられない。クドイようだが…そうだとしたなら、体育館から出て来た時に自分たちに気が付かない彼ではなかろうからで。途中で何か用事でも思い出して引き返したのだろうか。けれど、

  “こんな大きいもの、落としたことにさえ気がつかないなんて…。”

 両手で抱えるほどものというような大きさではないけれど、そうかと言って、うっかりポトリと落として砂利の中に紛れてしまうような、そこまで小さいものでもない。
「伝言っぽいメモが付いてるってことは、わざわざ用意してもらったって事だろに。」
 誰に対してでも思いやる気持ちをまずは差し伸べる、そんな心優しいセナだと知っているから。それを思えば…そんな大切なもの、手から取り落としたなら、すぐにも気がつく彼だろうにと、何だか不審だと感じた筧くんであり。
「そっか?」
 一方の水町くんは、飄々とした表情のまんま。ちょっぴりお行儀悪くも前のファスナーを大きくはだけたジャージの中に着た、薄手のTシャツの襟元を引っ張って、パタパタと風を入れるように扇ぎつつ、
「きっとその先輩さんから何か頼まれたんかも知んないぜ?」
 だってほら、本人は試合中でしかも作戦担当だったから離れられなくて。それで、来る途中だった小早川さんへ、携帯で何か言伝てしたのかも。何かって何だ? 例えば、えっと…生徒会室の戸締まりを忘れたとかさ。
「………そんな下んねぇことへ、他人を走らせるような人には見えんかったがな。」
 ただの可愛い後輩さんだってだけじゃあない。他でもない、自分のチームの応援に来ようかという人物だってのに。それを“ありがとうございます”と喜んで、その気持ちを大切にしてあげる方を優先しそうな、そんなタイプだと思ったからこそ、お調子よくもついで仕事を任せるとは思いも拠らなかった筧くんであるらしく、
「ま、行ってみりゃ判んじゃねぇの?」
 ひょいと立ち上がった水町くんは、提げ緒の輪を指先に通したメガホンをぐるぐると回して見せた。熟考出来ない訳ではなかろうが、今は別のところに気持ちが大きく偏っている彼だから、それを思い出し、やれやれと肩をすくめる相棒であり。此処に居たって仕方がないのは事実だから、大きなお二人さん、今度こそ緑陰館への道を辿り始める。

  「ムードのある建物だよな。」

 カントリー調かなと言う水町くんへ、いやむしろイギリスのヴィクトリア調とかじゃねぇのかなと相方が応じる。一年生たちが必ずどこかで、憧れや尊敬、そして幾漠かの好奇心でもって取り沙汰するのが、現在の“学園史上最強”と謳われている生徒会首脳部の皆様のことであり、そんな彼らが会議や申し送り、各種決済事務などという活動の拠点としているのが、この、愛らしくも存在感のある小さな二階建ての洋館、緑陰館で。すぐ傍らに寄り添うように立っているポプラの梢からも木洩れ陽が、モザイク画のように板張りと漆喰の壁へと落ちていて、風に揺れるたび、万華鏡の模様みたいに形を変える様が何とも言えない雰囲気がある。かなり古いものであろうに手入れもよくて小ぎれいで、矍鑠
かくしゃくとした佇まいは歴史ある厳格さを滲ませているけれど。通廊が覗ける窓から見えた、壁に貼られた青葉祭の日程表…の端の方。

  [ 桜庭さん、進さん、高見さん。準々決勝進出、おめでとうございます!]

 オレンジ色のマーカーの太字でそんなメッセージが斜めに書き足されてあり、あの小さな二年生の彼が昨日の内にでも書いたものと思われる。大方、バタバタと忙しい彼らの伝言板になってでもいるのかも。微笑ましいものに見とれていると、
「行くぜ。」
 水町がとっとと用を済ませようとばかり、何の衒いもなくドアノブへと手をかける。鍵はかかっていなくって、そりゃあなめらかにカチャリと開き、
「失礼しま〜す。」
 ご挨拶の声をかけたが反応はない。誰もいないのかなという目線を肩越しに向けて来たアフガンくんへ、鍵が開いててそりゃなかろうと保護者くんがかぶりを振り。そのまま揃って中へと入ると、通廊手前に上がり口が見えている、二階への古い階段を目指すことにする。セナから此処の話はよく聞いていたので、執務室は二階だと既に知っていたし、何やら話す人声も聞こえたからであり。彼らなりの事情があってか、結構大胆で行動派な割になかなか訪問出来なかった程度の…ちょいとした覚悟はいったものの、別段、疚しいところはないのだからと、足音を忍ばせるでもなく普通の歩調にて上がって行けば。中折れになった古い板張りの階段の先、踊り場にある古風な明かり取りの窓を背にして上がり切った二階、一階と似た作りの廊下に出る。片側には真四角な窓が並び、少しは褪めた漆喰の白の目映さを、床からの腰板のチャコールが落ち着いたトーンへと引き締めて。いかにも古風な空間なれど、

  「…っ、あーっ・そっ! 一体どこへ行きやがった、あのチビはっ!」

 部屋の窓を開けているからだろう。廊下へと流れて来る仄かな風に乗り、苛立ったような鋭い怒声が輪郭もくっきりとこちらまで届く。
「何処にも居ないの?」
「ああ。この監視システムのカメラは高等部の構内に隈なく設置してあんだ。それにグラスファイバー製の触覚システム装備だからな。各教室の用具入れん中から便所の個室まで、撮ろうと思やどこでもアングルに収められて 死角はねぇよ。」
 こんなことならチビの制服のどっかにGPS対応の発信機でも縫いつけとくんだったと、プライバシー二の次な過激発言まで飛び出している方を、剣幕の恐ろしさについつい腰が引けたか、声さえ出ぬまま こそりと覗き込んだ二人。元は美術室ででもあったのか、一般教室よりも一回りほど広い室内の中央には、格調高くも上品なデザインの、綺麗なつやの出た楕円のテーブルと、それと対なのだろう、ゆるやかな曲線が優美な背もたれつきの椅子が何脚か。いつでもお茶会を始められますとばかり整然と置かれてあって。あんまりごちゃごちゃとは物を置いてなく、やはり砂ぼこり一つなさそうなつややかな床の向こう、窓辺の卓を取り囲み、生徒会首脳部のお兄様方3人と、彼らに縁の深い“特待生”の金髪の君という鎗々たる顔触れが、そのお顔を寄せ合うようにして何かを覗き込んでおり。

  “今の会話ってことは…。”

 此処にもあの小さな先輩さんは居ないらしく、しかもしかも、首脳陣のお兄様方もその行方を追っておいでのご様子で。
「この時期に携帯の電源を故意に切ってるセナくんだとも思えませんしね。」
「かといって、バッテリーが切れてるなんて初歩的なミスをするよな子でもない。」
 二年生の連絡係担当だし、ボクらからの集合の連絡だって入るんだから、普通の子たち以上に連絡のやり取りが多いってのは もうとっくに判ってる筈だし、昨日も“いざという時にすぐさま使えるように”って予備のバッテリーを買っちゃいましたなんて話してたトコだもの。亜麻色のやわらかそうな髪をした、美貌の生徒会長さんが眉を顰めてそうと言えば、

  「………で。そこの一年生は、俺らに何の用なんだ?」

 大柄な皆様に取り囲まれている格好で、卓上に開いたノートPCの前に陣取っていたから。意識だって画面に向いてたろうし、到底こっちは見えていない筈の遠い位置から、金髪痩躯の美人さんがそれはくっきりと鋭いお声を掛けて来た。
「お前らだろ? そのでっかさで目立ちまくってるのみならず、あのチビのお気に入りで、しょっちゅうまとわりついてやがる、洋行帰りの二人ってのはよ。」
 洋行帰りとはまた、古風な言い回しをご存知な蛭魔さんで。簡単に言えば、主に欧米へ旅行なり留学なりをして来た身という意味ですので念のため。彼が振り返ったその所作に合わせて、視線の通り道を開けてやるかのようにその囲みに隙間を開けつつ、やはりこちらへと振り返って来たお兄様方。どの方もそれぞれなりの知的な気鋭や冴えを芯に据えての、それは力強い凛々しさを佇まいの中に保っておいでだが。そんな表情の中、共通して…微かな苛立ちの針や棘のようなものが滲んでもいらっしゃり。こそこそと覗き見をするような格好になっていたのを咎めたのではなく、
「お前らは知らねぇか? セナのおチビを、どっかで見かけたとか何処かへ行くと聞いたとか。」
 言葉だけで聞いたのは蛭魔だったが、それとほぼ同時。まるで鍛え抜かれた軍人もかくやというほどの、そりゃあ切れ味のいい所作でもって。その立ち位置からの踵を返すと、つかつかと彼らへ真っ直ぐ歩み寄って来た人物があって。
「あ…。」
 そんな彼の意を酌んでこそだろう、こらこら、コトを荒立ててはいけませんよと、窘めの声を掛けようとした高見さんの肘をわざと引き、その間合いを封じたというお茶目をやらかしたのは…桜庭さんだったりし。
「…お前ね。」
 同じ辺りへ やっぱり察しのいってた蛭魔さんが、ややこしいことをさせてんじゃねぇと目許を眇めて見せるのへ、
「いいじゃん。あの子たちがらみでは、進だって何やかや溜めてたんだろうしさ。」
 寡黙と無口は実は全然違うのだそうで。口数が少ないのが無口で、敢えて言わないでいるのが寡黙。何かと多感で、思うところというものも腹に溜め置けず、ついつい溢れんばかりになるのがこの年頃だってのに。これもまた絵に描いたような石部金吉である所以か、いつだって…何を考えているのやら、表情も乏しいままにいたこの仁王様が。唯一 心動かされていたその対象。いかにも雄々しく力強い体躯をし、物静かではあれ頑迷そうで厳
いかつい存在感に満ちた彼とは正反対に。小さくて繊細で愛らしい、自分を後回しにしてでも周囲の人へと気を配る、そりゃあ利他的で心優しいセナくんを。ならば自分は楯になり、何物からも守りましょうぞと決意したその日から…じわじわと。生まれて初めての執着や固執という欲求や、その身を辛さで苛むほどの切ないという感情までもが開花して。ひたすら“強くあれ、真っ直ぐであれ”とだけ徹底していたその彼の、ずんと晩生おくてな やわらかい部分を育んでいた、その多感なところを刺激されていた今日この頃だったのは誰の目にも明白であり。

  …………… 早い話が。

 そのまま掴み掛かるんじゃなかろうかと思えたほどの。軽くはなかろう意志を乗せた眼光も鋭いまま、戸口に立っていた二人連れへ、すぐの間近までつかつかと歩み寄り、
「……………。」
 重たげな口はやはり開かぬまま。彼らに…何か訊きたいのかそれとも、部外者だからと一線を引いて追い払いたいのか。普通の一般生徒なら、間違いなく畏怖の念から逃げ出したろう重厚な存在感と共に、揺るぎなく真っ直ぐな強い眼差しを差し向けた進であり。
「何だ?」
 喧嘩っ早いという訳ではなさそうながら、それでも“挑発なら受けて立つぞ”という姿勢は持ち前の負けず嫌いな気性から。2つも後輩だってのに、引く気配なぞ微塵も見せぬままの水町くんが、こちらもまた堂に入った鋭い一睨みを返し。あわや一触即発、掴み合いの喧嘩にまで発展するのではなかろうかとさえ危ぶまれた、何とも微妙な対峙であったものの、

  「………そのメガホンは何処で手に入れた?」

 でっかいお兄さん同士の真剣真摯な睨めっこ。周囲の空気までが震え出し、竜巻でも起こるんじゃなかろうかと緊迫の度合いが上がり掛かったそんな中、不意に、何とも的外れなことを訊いて来た人がいて。しかも
「新校舎と旧の特別棟の間の通路です。」
 体育館からここへと来るのに、一番の近道となるコースの途中であり、
「バレーボールの会場だった、総合体育館からこちらへ来た道すがらに、特別棟の昇降口の傍で見つけたんですが。」
 相方が醸していた緊迫の喧嘩腰をあっさりとうっちゃって、筧くんがそうと応じると、それを訊いた高見さん、
「それは此処に、そのテーブルに僕が置いておいたものなんですよ。」
 試合がすぐにも始まるぎりぎりまで待っていたが、どうやらセナとは逢えそうにないと見切り、伝言のタグをつけて置いて行ったのが、手配を約束してあった3−A用の応援メガホン。
「恐らくは進が出ていたフットサルの試合を観ていて、延長戦に食い込んだので遅れてしまったセナくんに違いなく。大急ぎで此処へと来て、それを手にして、そのまま飛び出してったんでしょう。」
 だって“必ず応援に行きますから”と、真っ直ぐな眸で約束してくれた生真面目な子。息せき切らして駆けつけて、お弁当の入ったカバンは置いたまま、メガホンを手に飛び出してったに違いない。だが…となると?
「会場では見かけなかったですよ。」
 そうと続けた筧へ頷き、
「ええ。それは判ります。」
 執行部長さんが鹿爪らしい表情になり、大真面目に応じて見せる。
「セナくんがあなた方と仲がいいのは重々承知です。お二人ほどにも目立つ人たちなら、セナくんの側から見つけるのは容易いことでしょうからね。」
 そしてそうやって見かけたならば、ご挨拶にと声を掛けない筈がない。
「あなた方にしても、だからこそ此処へ来たのでしょう?」
 一緒に行動していた訳でもないのにね。あっさりと自分たちの行動の流れを言い当てられて、あららと大きく眸を見開いた水町くんへ、だがだが、
「それにしたって。何か様子が訝
おかしかったじゃないか、君ら。」
 これは桜庭会長からの声が飛ぶ。
「セナくんと知り合いだったから、それで何かと仲睦まじかったっていう割に、別の方へも何かと探りを入れてたでしょう。」
 途端に“んん?”っと、細い眉を顰めて見せたのが。探りと言えばそれが本業のようなもの。それを退けても…どういう心当たりがあってのことか、やたらとノッポなこのお二人へ注意を向けてた、生徒会直属諜報員の蛭魔さん。そんな素振りがあったなんて、この自分でも気がつかなかったと、意外そうに眉を顰めた美貌の君だったのだが、

  「あちこちで妖一のことを訊いて回ってたでしょうが。」

 コトがその件に関しては、他の誰を誤魔化せても、自分の耳目からだけは逃れられやしないんだからねと。果たして胸張って言い切っていいことなのかどうか、ちょいと評価が分かれそうな方向性のことを指摘した会長さんであり、
「…お前ね。」
「だって、そんな不埒なこと、許しとける筈がないでしょーが。」
 けしからんと言わんばかりの堂々の膨れっ面。何だか話の雲行きが随分と逸れそうになっておりますが、それもあってか“はぁあ”と肩を落とすほどの溜息をついた、金髪痩躯のモッテモテ美人さん。(「…やめんか。
(怒)」)

  「恐らくは進も、
   俺が注意を向けてたからこそ、余計に気掛かりだったんだろうけど。」

 言われて、水町くんと向かい合ったままだった位置から、視線だけを肩越しにこっちへと戻した偉丈夫さんへ、
「そいつらはこのガッコをどうにかしよう、掻き回そうという手合いじゃねぇ。だから、セナへ懐いてたのだって、純粋に懐かしかったからなんだろし、そいつのそういう行動に、こっちのお兄さんが付き合いよくも“金魚のフン”をやっとったのは、チビへの接近が俺への情報収集に役に立たねぇかと思ってのこと。………違うか?」
 おやや? そんな指摘をするってことは、桜庭さんが言い出すまでもなく、彼らが…といいますか、筧くんが“蛭魔妖一さん”に関してを嗅ぎ回ってたこと、彼もまた知ってたってことでしょうか。
「何だよ、妖一。気づいてて何の手も打たなかったんだ。」
「しょうがねぇだろがよ。今んトコは当たり障りが無さそなこと止まりだったんだし。」
 ストーカーみたいで気味が悪いと、どこぞへ訴えるなり、我流のあの手この手で辞めさせるなりが出来ない彼でもなかったけれど。
(こらこら) そんな程度の身辺調査、むしろ素人臭さが片腹痛かったくらいだったんで、意図が見えてくるまでは放置しておこうと構えてた。そんな様子見状態の中でのこのアクシデントであり、
「…よっし、此処だな。」
 ごちゃごちゃとやり取りを交わしながらも、手の方は休みなく動かしていた凄腕諜報員さん。先程までは何分割かされていたPCの画面へ、どんと1つだけの画像を呼び出しており、
「あ、此処って。」
「さっき通った…。」
 近づいていたことで画面を見ることも可能となった筧くんが、ぱちりと瞬きをする。さっき二人で通って来たコースを、少し高みから見下ろしている映像が呼び出されていたからで、
「…この学校は日頃からこんな監視体制を敷いているのか?」
 プライバシーというものに抵触しないのかと暗に言いたいらしい彼へ、
「安心しな…と言っていいものか。これは俺が個人的に設置している代物だ。こういうデータが必要な時に、必要なものをだけを探すのに使ってる。」
 間違いなくプライバシーに抵触するんだろうけれど、
「各国の偵察衛星だって空の上から四六時中覗き見をしてやがるんだ。そのデータを解析すりゃあ、もしかして…未解決の強盗殺人事件だって、犯人の犯行の一部始終から顔までも世間に晒せるくらいの精度でな。」
 それに比すれば可愛いもんだぜと、けけけっと笑って見せてから、
「これを巻き戻しゃあ、此処で何があったのかも判るって寸法だ。進、いつまでもそこの坊主に構ってねぇで、お前もこっちへ来て真犯人の顔でも覚えな。」
 キーボードを操作すると、しばらくほどは何も変化がなかったものが、人影が後ろ歩きでやって来て、そこへと何かを置いてから順々に離れ、去って行った。
「今のがお前ら二人だ。そうだな、きっと試合が始まる寸前くらいだろうから…。」
 マウスをカチカチと鳴らして何かしらの操作を。すると画面の中、傍らの木々や茂みが揺れる動きが早くなり、どうやらハイスピードでの逆送り中なのだろうと思われて。
「これって、録画までしていたんですか。」
「まあな。それぞれのポイント別にディスクへ収録してある。半年分までなら保管してあるぜ?」
 もっとも、使うことになったのは今回が二度目だけどなと苦笑をした蛭魔であり、
「二度目?」
 小首を傾げた涼しげな目許の後輩さんへ、
「去年の夏休み中にね、クラブハウスを片っ端から荒らした泥棒がいたんだ。そいつを割り出して取っ捕まえるのにって、警察へちょこっと“協力”したんだよね?」
 答えてやった桜庭が、妙に楽しげに笑っており。こんな方法では、それが間違いなく犯人であっても、証拠としてディスクを提出したり“これこれ・こうで…”と此処の監視カメラの存在を暴露する訳にもいかなくて。そこで警察が犯人を拾い上げてくれるようにと、何かしらの罠を巧妙にも張ったらしい彼らだったのだそうで。………こんな人たちを出し抜けるよな相手がいるんだろうか、実際の話。そうこうする内にも、

  「…出たっ。」

 画面へ問題の時間帯のものを呼び出せたらしく、進もそして水町も、大急ぎで窓辺へと駆けつける。
「………時間は、12時40分。何だ、間に合ってたんじゃねぇか。」
 たかたかと駆けて来たセナの姿が、画面の端に映っていて、記録画面の再生ではあいにくと角度調整はあまり出来ないらしい。だが、端にしか映ってなかったものが、不意に…立ち止まって、キョロキョロしながら画面の中ほどへと進んで来た。そうしているセナの前、まるで背後のドアから出て来たかのように現れた人影があり、
「…っ!」
 進が身を乗り出し、そして、
「な…っ、この野郎っ!」
 水町が思わずだろう、拳を握ってしまったのは。最初の人影へと呼ばれたらしいセナの無防備な背後から忍び寄った別の者が、何をしたやら…セナをあっさりと昏倒させたから。そこへもう一人が足早に現れて、二人掛かりでセナを担ぎ上げてしまったから、
「………。」
「…小早川さん。」
 ふるると身が震えている反応がそっくりな、進と水町の二人から、並々ならぬお怒りの波動を感じ。こりゃあ下手にからかってはこっちの身が危ないと、敢えて口を噤んだ桜庭会長に成り代わり、

  「スタンガンを使ったな。
   途轍もない電圧のショックを相手へ直に当てて気絶させる。
   クマだって引っ繰り返るほどの、性分
たちの悪い器械だ。」

 からかってではないものの、更なる怒りを煽るには十分なことを付け足した蛭魔だったものだから、
「相手は、いや、どこへ逃げたかは判らないのかっ?」
 勢いづいて訊く水町の傍らから、こちらさんは身を起こし、足早に部屋から出て行こうとする偉丈夫さんへ、
「待ちな、進。」
 こんの闇雲一直線野郎が、と。すかさずのように…コルトのリボルバーを手にして呼び止めた蛭魔であり、
「…本物ですか?」
「だと思う。」
 でもネ? 装填されてあるのは実弾じゃないよ、麻酔弾だから安心してと。声を際限まで低めた高見さんが、全然安心出来ないような言いようを筧くんへ返している。これもまた“相変わらず”と言ってもいいものか。モラルの範疇が時々とんでもなくなるところが恐ろしい、生徒会首脳部であることよ。
「一体どこへ行こうってんだ。」
「………。」
 答えないのは、言うつもりがないという常からの寡黙さからか、それとも…アテがないせいか。戸口で立ち止まったということは、後者である公算の方が高いと見切り、
「お前も気づきはしたんだな。こいつが着てるジャージがどこのガッコのか、くらいはよ。」
「………。」
「いいか? 下手に動くな。無駄に駆け回ったってどうにもならん。」
 じゃきりと。白い指が銃の撃鉄を起こす。綺麗な手だのに、肘の手前までシャツの袖をまくってあらわにした腕だって、さして頑丈そうではないというのに。危なげなく銃を扱う様は妙に余裕に満ちており、

  「今から俺が相手を探り出してやるから、その体力と怒りはきっちりと温存しておけ。」

 蛭魔はそう告げると、進へだけでなく、仲間内の桜庭や高見、筧や水町からの同意も取り付けるかのように、皆をぐるりと…その強かな眸で見回して見せたのだった。







←BACKTOPNEXT→***


  *なんかある意味で判りやすい展開になってまいりましたねぇ。(苦笑)